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父なる神の愛

6月第3日曜日は父の日です。聖書のルカ伝15章には、放蕩息子を赦し、愛する父の話が記されています。その所から「父なる神の愛」をお伝えします。

I) 弟息子は父から離れて行った。

弟息子は父から生前に財産をもらい、遠い国に旅立ちます。そこで放蕩三昧の生活をします。どれほど父の心を悲しめたでしょう。生前に財産を要求することは、大変侮辱的ですし、遠い国に出て行くことも、お父さんにとって寂しかったでしょう。「兄と一緒に自分の仕事を助けてくれる。自分の仕事を認め、跡を継いでくれる」と思っていたでしょう。しかし、父を置いて、行く場所も伝えず、遠い国に出かけて行ったのです。私たち人間も、神によって創造され、神の形に似せて造られました。神と交わる者として。私たちを愛するゆえ、自由意志を与えて下さいました。神様は人間をロボットにはされなかった。自由意志をもって造り主を信じ、神と交わることを望まれたのです。神は人を愛しておられます。しかし人間は神の愛に反逆し、その与えられた自由意志をもって、神に罪を犯し、神から離れたのです。自分の欲求を満たすことしか考えない者になりました。自分を生かし、導き、育ててくれた方を全く考えず、造り主なるお方への感謝を忘れています。私たちは、真の神から離れて、空しく、心の飢餓になっています。しかし、父なる神は、全ての人が、悔い改めて、神を信じて、救われて歩むことを望んでおられるのです。

II) 父は愛を表した。

放蕩息子は、落ちぶれて、やっと我に返り、家に帰る決心をします。家を出る前と全然違う、変わり果てた姿でした。服はぼろぼろ、顔はやせ細り、別人の様。しかし父は、まだ遠いのに、すぐに息子と解り、駆け寄ります。たぶん毎日「今日、帰って来るか」と待っていたのでしょう。父は、かわいそうに思い、抱きしめ、口づけし、一番良い着物を着せ、指輪をはめ、靴を履かせ、大宴会をして、心より受け入れました。惜しみない愛です。愛は多くの罪を赦し、罪を覆います。愛するとは赦すこと。赦すとは、忘れることです。愛とは、相手が自分に犯した罪を悔改めたら、忘れてしまうことです。根に持っている人は、愛していないのです。お父さんは、自分に背を向け、好き勝手に出て行って、父に砂をかけたような息子を愛し、赦し、受け入れました。忘れたのです。神様も同じです。私たちがどんなに罪深く、神に背を向けた人生を送っていても、神は愛して下さいます。神は、あなたを条件無しに愛しておられます。天の神の心は愛そのものです。それゆえ、一人子のイエス様をこの世に送られました。何の罪も無いお方が十字架で死んで、命がけの愛を表されました。神は「このままでは滅びる。このままでは地獄行きだ」と思われ、御子をこの世界に送り、私たちの罪の身代わりに殺して下さったのです。それほど大きな愛を表されました。救われるためには、ありのまま神の前に出て、罪をお詫びし、十字架で死なれたキリスト様を信じるだけでよいのです。行ないでなく、信仰によって救われるのです。神はあなたが信じることを待っておられます。あなたも神の愛を受け入れて、歩む者となって下さい。

グレース宣教会牧師 安田 正

大橋 洋二(グレース大聖堂 メンバー)

私が救われてから今日まで、沢山の恵みを神様から頂いたことを証しさせていただきます。私が救われたのは、ある年の父の日の集会に行き、映画俳優と牧師先生のメッセ-ジ「その栄光と挫折」を聞き、心騒ぎ、その夜、既にクリスチャンになっていた子供たちから、『一緒に天国へ行こう』という言葉に思わず『信じる』と言いました。それが信仰のはじまりです。その時はまだ、会社も忙しくありましたが、家内の勧めもあり、早朝礼拝へと集うようになり、語られる聖書のことばに、神様が私の罪のために愛するひとり子イエス・キリスト様を十字架にかけてくださったこと、死んで三日目によみがえって、私の罪を赦し、永遠のいのちの約束をいただけることが、聖書のことばを通して度々語られました。それは、私に語られている神様の愛であることが少しずつわかってきました。そのような中、会社は不況をもろにかぶり、厳しい状況に追い込まれました。家族にも、会社を整理し、家を手放さなければならないことを伝えました。それは、私達家族にとって大きな試練の時で、この先々のことを考えると、不安と恐れでいっぱいでしたが、子供たちも喜んで、皆でお父さんを助けよう、それぞれが出来ることを精一杯やろうと話し合いました。その様子を見て涙が溢れました。その時に、家族で祈る中で、神様は御言葉を下さいました。

「聖書・コリント人への手紙第一10章13節 あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」 

家は手放しましたが、神様の大きな憐れみと恵みにより、三重県に一時期引越し、半年後大阪に戻り、就職、車の運転にかかわる仕事にたずさわり、家も与えられ、いまも元気に働いています。その後、私の兄弟、姉妹、親戚たちも救われました。聖書・使徒の働き16章31節「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」

この御言葉のように、神様のご計画を受け止め、天に上げられるまで教会生活を楽しんで行きたいと思います。     

 

 

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